第十五番 サンゲサ

各寺院のご紹介

観音信仰

大雄殿に阿弥陀仏の脇侍仏の観音菩薩像を奉安している。

<参拝順路>
一柱門金剛門天王門 →(宗務所)→ 大雄殿

写真1

春になると華麗な桜並木が人々を酔わせ、夏は白い水しぶきを上げて流れ落ちる仏日瀑布(プリルポクポ/滝)が暑さを忘れさせてくれる。秋は智異山(チリサン)を美しく染めた5色の紅葉が人々を誘惑し、冬になると七仏庵(チルブルバン)亜字房(アジャバン)で修行に没頭している修道僧の姿から仏の教えを感じることができる。それが双寺(サンゲサ)である。  

寺の情趣は創建に因んだ説話からも見つけることができる。新羅時代の聖徳(ソンドク)王21年、中国の唐に滞在していた大悲(テビ)と三法(サムポプ)という二人の和尚が夢の中で「六祖大師(ユクジョデサ)慧能(ヘヌン)の正像(正法と像法)を三神山(サムシンサン)の雪の積もった渓谷の上、花の咲いた所に奉安しろ」というお告げを聞いた。二人の和尚はお告げのとおり六祖大師の舎利を持って帰国した。その後、夢の中で聞いた場所を探して全国を渡り歩いていたところ、一頭の虎が現れ、彼らを導いた。その場所に寺を建てて舎利を奉安して玉泉寺(オクチョンサ)と名付けた。

玉泉寺は後に双寺と名を改めたのだが、その理由は茶だった。文聖(ムンソン)王2年、中国での留学を終えた真鑑国師(チンガムグクサ)は茶の種を持ち帰り、ここ智異山(チリサン)の周辺に植え、玉泉寺を大きく増築した。王はその働きぶりを称え、増築した寺に「双寺」という名を賜った。双橋を渡って坂を上っていくと、道の左右に「双」、「石門」と刻まれた大きい岩が目に入る。この4つの文字は新羅最高の文章家と謳われた孤雲(コウン/号)崔致遠(チェ・チウォン)が杖の先で書いたという話が伝わっている。この「双石門」を通ると、中国から持ち帰った茶の種を初めて栽培した所であることを記念する茶始培碑がある。竹の葉の露を飲んで育ち、生老病死を超越した仙人が好んで飲んでいたとされる竹露雀舌茶の香りをたどっていく双寺への旅では、他では味わえない特別な風情を樂しむことができる。

〒667-824 慶尚南道河東郡花開面雲樹里208番地 (055)883-1901
http://www.ssanggyesa.net/


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